松尾優の奏でる音楽には、いつも風が吹いている。

かねてから感じていたこの感覚は、もちろん新しいアルバム「HEROiNE」を初めて聴いたときも変わることがなかった。

強い風を受けながら走る元気な女の子もいれば、変化し続ける小さな風に戸惑い揺れる少女の姿も垣間見える。

追い風や向い風。夕立のあとの温かい風や、秋の気配を感じる風。街に吹く風もあれば海風や川風、生まれたての風もあればどこか懐かしい風もある。いろんな風が吹く風景の中を、颯爽とヒロインが駆け抜けていく。そんな音物語が展開さ れているのが、今回のニューアルバム「HEROiNE」である。そして。不思議なことに、アルバムを聞き終えた後もしばらく部屋には、一陣の風が吹き抜けたあとのような寡黙な余韻が、しばしとどまることになる。風の音、風の匂い、風の温度。そうしたものが手ざわりとして、しっかりと心の中に残るのだ。このアルバムのなかで歌われている、風とともに歩む「ヒロイン」は、あるひとりの少女の心情を描いたものかもしれないし、はたまたさまざまなヒロインの物語を集めたオムニ バスなのかもしれない。もしかしたら、じつはすべて松尾優その人自身の姿なのかもしれない。いずれにせよ、聴く人の心の中にふわっと風を吹かせてくれるこのアルバムは、きっとあなたの背中をそっと押してくれる追い風になることだろう。できるだけ大きな音で 、それも部屋中の窓という窓を開け放して、ありったけの風を感じながら聴いてみてほしい。

松島直哉

フリーランス コピーライター・プランナー

外国人観光客向けフリーペーパーENJOY KYOTO エディター&ライター